オメガ9

優しい夢

※イノゼロ問題解決後
※レイン卒業済み、フィンくん達は2年生

人々が寝静まり、日付も変わる深夜、レイン・エイムズは魔法局での仕事を終えて帰宅した。
いつも通り静まり返った家の中、いつも通り神覚者用ローブを脱ぎ、いつも通りウサギ達の様子を見に行こうと屋内へと歩を進める。しかし、リビングに入ると、そこはいつも通りの光景とはだいぶ掛け離れていた。

床にはカードゲームやクッションが散らばり、テーブルにはボードゲームと食べかけの飲食物が放置されている。
そして、シュークリームを片手に、涎を垂らして床に突っ伏すマッシュ・バーンデッド。 壁にもたれ掛かって眠るランス・クラウンは、見知らぬ少女の写真がプリントされた枕を腕に抱えている。テーブル付近には、ボードゲームを片付けようとして、途中で力尽きたらしいドット・バレット。レインの弟であるフィン・エイムズはというと、カードゲームを持ったままクッションを枕にして眠っていた。

……全員、手枷と足枷で拘束されている。

ソファーで眠るレモン・アーヴィンの手には杖が握られており、「このま…じゃ…コンプ……件です」と何事かをむにゃむにゃと呟いていた。
レインは口を軽く引き結び、極々僅かに眉をひそめる。
イーストン魔法学校は学期末の試験休み中だ。
弟が帰省中であることは、勿論覚えていた。友達が泊まりで遊びに来ると、今朝、言っていたことも覚えていた。…が、まさか全員が力尽きて寝落ちするまで全力で遊び尽くすとは、流石に彼も予想していなかった。
レインは、この状況をどうしたものか…と逡巡した後、拘束魔法をかけたのはレモンだろうと消去法で推察し、まずは彼女を一度起こすことにした。そして、うつらうつらと船をこぎつつ、不機嫌そうなレモンに魔法を解かせてから、彼女を鍵付きの客間に案内する。男共には取り敢えず毛布を掛けておいた。
一度ウサギ部屋に行き、健康状態に問題ないことを確認する。弟達が日中に世話をしてくれたようだった。安心してリビングに戻り、弟に声をかける。
「フィン、起きろ。フロ入って、歯みがけ。ベッドで寝ろ。」
レインは弟の肩を揺すって、何度か起こそうと試みるが、「ん〜…」とぐずるような声が返ってくるだけで、全く起きる気配がなかった。仕方ねぇなと軽く嘆息し、弟を抱きかかえてベッドに運び、そっと横たえる。
私服とはいえ、このままでは寝苦しいだろうと思い、シャツのボタンを首元から三つ外す。シャツの襟がゆるりとはだけ、弟の痩せた首筋と鎖骨が露になった。
次いでベルトも外してやろうとバックルに手をかける……が、そこでレインの手が止まった。

これ以上この手を進めてはいけない。

レインの中の何かが危険信号を発している。
どうしてここで手を止めねばならないのか、何が危険なのか、まったくもって不可解ではあった。だがしかし、これ以上この手を進めると、大切な何かを失うような気がして、彼は手を動かすことが出来なくなった。
自分でも理解不能なその感覚に、レインはしばらくそのまま固まっていたが、これ以上この件について考えても無駄だと諦め、弟のベルトから手を離す。
「フィン。」
自分と弟、この世に残された二人だけの家族の名を口にした。
レインはベッドに腰を掛け、そのまま弟の頭に手を伸ばし、髪を、額を、やんわりと撫でる。弟の寝顔を見つめながら、その鼻先を指先で軽くかすめ、スヤスヤと寝息をたてる弟の呼吸に耳をそばだてる。
吐き気ではない何かが、喉にせり上がってくるような、奇妙な感覚に戸惑う。
「フィン…。」
もう一度その名を口にした。

レインはベッドに左手をついて、もう片方の手を フィンの頬に当て、睫毛を、瞼を、親指でかすめるように撫でる。フィンの温もりを手の平に感じながら、その頬を何度も緩やかにさすって、スヤスヤと寝息をたてるフィンの唇に親指で触れる。
怒りではない何かが、身体の奥底で煮えたぎっているような、奇妙な感覚に眩暈がする。

「……フィン。」
祈るようにその名を口にした。

「フィン……。」
許しを請うように、その名を口にした。

レインはベッドについた左手に体重をかける。

ギシ……。
ベッドのスプリングが軋む音がする。
フィンの頬に右手を添えたまま、その顔に覆いかぶさるように己の顔を寄せる。
鼻先と唇にフィンの呼吸を感じる。

ギシッ。

ベッドのスプリングが軋む音に心臓が跳ね上がった。レインは飛び退くように身を起こす。つい先ほどまで〈弟〉に触れていた己の右手と、弟の寝顔を交互に見つめる。
「……………。」
しばらく放心した後、レインはそのまま思考を停止することにした。何事もなかったかのように、もう一度そっと弟の頭を撫でる。
仕事で疲弊していた彼は、やがてヘッドボードにもたれかかって眠りについた。


寝入って間もなく、レインは夢を見た。
「兄さまのばか…。意気地なし…。」
夢の中では、拗ねた口調で弟になじられた。





おわり

あとがきなど

最後が夢なのか現実なのかはご想像にお任せします。